日光合宿便り#08 日光合宿・報告

一日目の昼:合宿って何?

この旅は眠そうな雰囲気が漂っているバスの中で始まった。たぶん皆も合宿の経験が少なかったため、最初のところはあまり元気なさそうだった。TAを務めてくれた二人の学生が自分の見学経験に基づいて親切に話をしてくれて、その時からようやく合宿の感じが味わい始められた。。「どうして日光を選んだんですか?」と聞かれたとき、「別にどこでもいい、合宿に参加したい」と答えた人が何人かいた。確かに、そうだろう。あふれる自然と深い歴史ばかりではなく、この皆と仲良くなる経験もこの旅を通して得られる宝物なのではないかと思った。

午後は華厳の滝と中禅寺湖に行った。深く印象に残ったのは別に観光スポットの美しさやすばらしさばかりではなく、その自然の美への重要視ている人々の姿だと思う。もちろん結構きれいでありのままの様子がよく保存されているが、正直に言えば風景の壮大さには中国のほうが勝っていると思う。ただし、中国では少なくない自然風景がまだ発見されていないあるいは開発されすぎている状態に陥っており、それはもったいないと思っている。一方で、日本では自然風景がそんなに多くない割によく大事にされている。人の手が見えないように人の手が精一杯使われて自然のありのままの様子が守られている気がした。それはこだわりすぎているのではないかと、時には言われるが、そういう精神にこそ感動した。

1日目は快晴だったし、祝日のおかげで観光客も少なかった。ゆっくり合宿と自然を楽しむことができてうれしかった。

一日目の夜:初めていっぱい

一刻も早く疲れた体を温泉に入れたいと思い、散策で消化を促したら、ルームメートたちと一緒に温泉に向かいた。きちんと浴衣を着たり温泉に入ったりするのは初めてなので、わくわくしていた。少し恥ずかしかったが、だんだん友達と手を組んだり笑い話をしゃべたりするようになり、「温泉って、仲良くしてくれる神器だな」と感じた。

夜の懇親会はずっと前から期待していた。頭の回転が良くない人に向いていない人狼ゲームをやる予定のうえに、言葉の問題も加わったらどうなってしまうだろうと少し心配しながらひそかに楽しみにしていた。必死にルールを覚えながら緊張の気持ちを隠していた人もいれば、なんとかゲームをより面白くしようとしている余裕がありそうな人もいた。きっと、私は前者に入っただろう。それでもとてもよく笑った。「人間ってそういうものだね」と司会役の「神様」がそう言うと、ごく緊張の雰囲気が緩和され、「あっ、ゲームだったか」と気が付いた。また、最初は皆が黙っていたが、だんだん盛り上がり、話せるようになってきた。「私の初めての人狼ゲーム、まさか日本語で!」と友達が言った。それを受けて、「そうね。ちょっと難しかったけど、やっぱり面白かった」と感心した。

日本での歌を唄うのは初めてだった。小さくてにぎやかな部屋で、学生や先生、日本人や外国人、という違いはいつの間にか皆に忘れられ、ただ本当の気持ちであふれていた。それに、いろいろな驚きや不思議さが次から次へ出てき、印象深かった。ラブストーリーなのに動画でずっとパンダの画面が流されているのはどうしてなのか。中国語のやや古い曲なのにまさか皆で歌うことができた。いろいろとあり、異なる国からきても異なる言葉を使っていても心の中にどこか通じ合えるところがあると信じることができた。。

二日目:雨にも負けず

朝からあいにくな天気となり、起きるのはつらかった。バスで各担当者から寺院についての発表を聞いて体が温かくなってくるうちに、「もうバズを出たくない。東照宮に行かなくてもいい」と本当に心から思った。にもかかわらず、自分だけではあまり元気がなさそうと思ったとしても他の人がいるから何とか元気が出せるというのも団体旅行のメリットだと思う。

踏むとごろごろする石の粒に靴が濡れ、ぐずついている雨に手が冷たくなってき、「春がまだまだ」と感じた。徳川家康のお墓をはじめとする有名な東照宮を見尽くしたかった。たぶん少しだけひっそりしている雰囲気はそこに似合うだろう。だんだん雨が降るとある程度格別な魅力が味わえる気がしてきた。お墓の周りに大きな杉の木が植えられ、観光客の中に何人か手で杉の幹を撫で口で何を唱えていた。その時は周りの世界も心の世界も静かだっただろう。ただ敬虔な祈祷の声が響きわたっていた。そういう静かさに染まり、自分も静かな心境になった。深呼吸をしながら長い階段を上り、畳の上で座禅を組んでガイドさんの話を聞き、好奇心を持ちながら鐘をついて聴こえる「龍の鳴き声」を体感し、時を忘れるくらい観光を楽しんでいた。

今から考えてみれば、もし雨が降らなかったら、より楽な旅になっていたが、雨が降っているからこそ写真を撮ったり無駄話したりする余裕がなくなって観光に集中できるのではないか。天気ばかりを責めるのは勘違いだと思った。

二日間の旅、あくまでも「はい!さようなら」と短かった時間に過ぎない。しかし、そういう雰囲気も感覚も、思い出とともに長く長く思い出すときに浮かんでくるだろう。